HISTORY

牛乳石鹸の歴史

タイムライン版

1970年代〜

1970

昭和45年

日本万国博に参加

日本万国博覧会のシンボル「太陽の塔」の制作で一躍有名になった芸術家、岡本太郎氏がデザインしたバスタオルを3万名にプレゼントするというキャンペーンを展開し、予想をはるかに超える反響を呼んだ。

  • キャンペーンの広告

1971

昭和46年

本社敷地に新総合研究所完成

  • 新総合研究所

1972

昭和47年

日本初の液体全身洗浄料「マイホープ・ボディバブルス」を発売

  • 「マイホープ・ボディバブルス」宣伝用ポスター

1974

昭和49年

宮崎寅四郎社長 勲四等瑞宝章を受章

5代目赤箱発売。牛をリボンで囲み不景気な時代に華やかさを

  • 5代目赤箱

1975

昭和50年

宮崎寅四郎社長 勲四等瑞宝章 従五位を受章

1976

昭和51年

3代社長に宮崎楢義が就任

これから日本人の暮らしがより豊かになるにつれ、日々の生活の中でもっと本格的に〝香り〟を楽しむようになるだろうと予測。〝フレグランス・ライフ〟を提唱する

  • 3代社長 宮崎楢義

6代目赤箱牛の足元の芝生が元気よく若々しく

  • 6代目赤箱

1977

昭和52年

「シャワラン ビューティシャンプー&リンス」発売

タレントのCMで大ヒット商品に若々しいネーミングに加え、当時デビューしたばかりのタレントをCMに起用し、彼女たちの人気急上昇にともない「シャワラン」の知名度を一気に高め、爆発的なヒット商品となった。

  • シャワラン

  • ディスプレーも華やかなデザインに

1978

昭和53年

創業70周年を迎える

福岡・札幌・名古屋営業所を開設

1983

昭和58年

宮崎楢義社長日本石鹸洗剤工業会会長に就任

1984

昭和59年

7代目赤箱「COW」のロゴがすっきりと整理された

  • 7代目赤箱

1986

昭和61年

新社訓、基本目標を制定。意識改革と発想の転換を求める

シャンプー工場に最新鋭の設備を組み込んだ、日本一の高速充填機・箱詰めラインを新設

8代目赤箱「NEW」の文字が消えシンプルに。

  • 8代目赤箱

1987

昭和62年

おしゃれな男の子のヘアケアシリーズ「ONEDAY」を発売

平成2年度にメンズシャンプー・リンス市場シェア25%を達成。また、コンビニエンスルートの開拓にも寄与。

  • 女性も意識したONEDAYのポスター

1988

昭和63年

創業80周年。「洗う」ことから広がる生活提案企業に

  • 本社をリニューアル

  • 完全システム化した本社オフィス

1989

平成1年

薬用〝乳浴剤〟「お湯物語」を発売入浴剤市場に参入

  • お湯物語

1990

平成2年

EXPO’ 90「花の万博」に参加

オリジナルソープ「花の語らい」を販売。

花の語らい

化粧石鹸をピロー包装に転換。ラインの自動制御システムも更新

1992

平成4年

パック効果のある洗顔フォーム「CELEB」を発売

  • CELEB

1993

平成5年

4代社長に宮崎仁之が就任

化粧石鹸日本一を目指して、今こそ思い切った組織改革をおこない、専業メーカーならではの機動力を発揮できる体制をつくりたい。多様な小売業態に対応できるキメ細やかな販売体制を実現することで、化粧石鹸日本一を目指したい」と述べ、実践のスローガンとして〝ザ・ファイト〟を掲げた。

  • 4代社長 宮崎仁之

1994

平成6年

新コーポレートメッセージ「こだわり⼼に、こたえたい。」発表

9代目赤箱「COW」と牛が中心に。「Beauty Soap」も大きく

  • 9代目赤箱

「牛乳ブランドボディソープ発売

  • 「牛乳ブランドボディソープ

1995

平成7年

関連会社(株)バイソン発⾜。化粧品市場に挑戦

1996

平成8年

中国に(株)マンダム他との合弁会社「中⼭市麗達精細化⼯有限公司」設⽴

1997

平成9年

ホームページを開設

釜だき鹸化製法の完成

1998

平成10年

「無添加せっけん」発売

  • 無添加シリーズ(2025年現在)

「ミルキィボディソープ」発売

  • ミルキィボディソープ

1999

平成11年

バイソンの「ベビーピンク」が大ヒット

  • ベビーピンク

安田工場に新綜合研究所建設。研究開発のスピード化を目指す