新潟県豊栄市 佐藤 有紀江
私がこの世からいなくなる時、裁縫、料理、掃除、洗濯、すべて今一つの私が、母ならではの目に見えない遺産を、娘に残すことができるのだろうか?
この問いの答えを出すのは時期尚早かもしれない。娘は一才になったばかり、私はいたって健康。「娘」という言葉を使うのも、まだ気恥ずかしい新米母なのだから、頭で考えるより、今後の切磋琢磨が必要なのだろう。
と、わかっていても得意でないことからは、逃げ腰になっている。この冬の間も娘が眠ると、家事そっちのけでワープロに向かっていた。童話を書いてみたくなったのだ。
きっかけは、まだ歩けない娘を抱っこして、木立の間を散歩していた時のこと。「トントントン」という音が頭上から聞こえてきたので、見上げてみると一羽の鳥。私がいてもお構いなしに桜の木の枝を叩き続けていた。まるで「早く花を咲かせて春にしなさいよー」といわんばかりの夢中な姿が心に残り、その様子を言葉にしてとっておき、いつかこの子にも教えてあげたい、と思ってのことだった。どうせ書くならいっそおはなしにしてみよう、などと軽い気持ちで取り組み始めたのだ。
ところが、びっくりする程言葉が出てこない。話を膨らまそうにも、「鳥って雨の日、空飛んで餌探ししたりしたっけ?」などなど、日常生活の些細なことがあいまいで、自信を持って言葉に変換することができないのだ。
星の数ほどの携帯メールが気軽に飛び交う昨今の状況に慣れきってしまい、言葉を軽くみていたような気がする。事象に忠実に表現するということは、自らの羽を抜いて反物を織るような、苦しみを伴う作業であることを、改めて実感した。
上手に言葉を紡ぎ、優れた作品を娘に贈る夢は、当分実現しないであろう。しかし幸いにも、心ある作家の素晴らしい作品が世の中には存在している。小さな娘が自立するまでの時の中で、それらの本を手渡しつつ、日常の何気ない会話の言葉に、母として心を砕いてゆきたいと思っている。
『言葉を紡ぐことへの畏敬の念』これが私の「母から娘へ伝えたいコト」である。
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