さがしている匂いがあります。道を歩いているとき、電車に乗っているとき、予期しない場所で、それは錯覚のように鼻先を掠めます。あっと思ってさがそうとすると、もう跡形もない―石鹸の匂い。牛のマークかそれとも月か、風呂桶とスノコがセットになったあの石鹸の匂いなのです。 昭和の頃の風呂上り、みんなあの匂いを漂わせていたような気がします。どんなに高級な香水より、あの石鹸の匂いがたまりません。それは何か忘れものが戻ってきたようなほっと息の抜ける匂いなのです。