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せっけんの思い出

  • 懐かしい香り笠原 毅さん,38歳会社員より

    もう、20年も前のこと。信州の田舎から予備校に通うために東京に出て来ました。下宿には風呂がありませんでしたので、銭湯へ通わなければいけない のですが、銭湯にはいるのは初めてで、最初のうちは洗い場で体を拭かずに脱衣所に出て来たりして、番台のおばさんに怒られたりしたものです。
    予備校の授業が終わると、すぐに風呂に行きました。午後3時半頃でしょ う。いつも空いていました。
    この時間にいつも風呂にいるのは、私と、スナックのマスタ-風の人、それから、ちょっと怖いパンチパ-マのおじさん。マスタ-と怖いおじさんは顔見知りでいつも話をしていました。いつも、私はちょっと離れたところで洗っていました。 ある日、私は石鹸を忘れてきてしまいました。気付いたのは洗い場には行っ てから。いつもの二人もいます。買おうにも、いつも銭湯代しか持っていません。「いけねぇ、石鹸忘れた」と、多分、私は独り言を言ったんだと思います。 仕方なく、私は、石鹸もつけずに体を洗い始めました。 私の肩を叩く人がいます。パンチパ-マのおじさんです。手には石鹸箱。
    「これ使えよ」
    そういって向こうに行ってしまいました。
    せっかく貸してくれたのですが、「使うと後で怖いことになるんじゃない か?」、「でも、使わない方が失礼になるんじゃないか?」そんなことを咄嗟 に考えました。で、少しだけ使いました。
    返しに行くと、おじさんは「どこから出て来た?」と訊きます。信州から出て来て予備校に通っていると答えると、しっかり勉強しろと言われました。 それから、私はマスタ-とパンチパ-マのおじさんと話すようになり、背中を洗いあったりしました。
    大学卒業後、田舎に帰ってきて、石鹸を使う機会が減りました。ボディソ -プに戻りました。
    5年ほど前、時々車で諏訪温泉に通うようになり(当時の銭湯並み200円 で入れます)、洗面器と石鹸箱を持っていきます。番台で石鹸を買ったら、牛乳石鹸の青箱。あの時、パンチパ-マのおじさんから借りた石鹸といっしょの 香りでした。 以来、懐かしく、牛乳石鹸を使っています。

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